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【ぶんか】日本の 着物について 15世紀ごろまでは高級品だった「木綿」の着物

2023.06.15

木綿もめんの歴史れきし

現在げんざい、木綿もめんは日本にほんでも世界せかいでも天然繊維てんねんせんいの代表だいひょうです。
実用品じつようひんに多おおく使つかわれています。
しかし、日本にほんでは15世紀せいきくらいまでは、輸入ゆにゅうでしか手てに入はいりませんでした。

絹きぬのように高級こうきゅうな織物おりものでした。

まず木綿もめんの歴史れきしから説明せつめいします。
木綿もめんは麻あさの次つぎに古ふるいといわれる植物繊維しょくぶつせんいです。

世界せかいで一番いちばん古ふるい木綿栽培もめんさいばいは、約やく8000年前ねんまえに行おこなわれました。
7000年前ねんまえにはインダス文明ぶんめい(四大文明よんだいぶんめいの一ひとつ)がさかえた、

インダス川がわの近ちかくでも育そだてられていたようです。

しかし木綿もめんの栽培さいばいは、世界的せかいてきにはあまり広ひろがりませんでした。
中国ちゅうごくでも10世紀せいきよりもあとにやっと伝つたわったようです。

日本にほんでも15世紀せいきよりもあとに栽培さいばいが始はじまりました。

木綿もめんについての逸話いつわとしては、2500年ねんほど昔むかしに世界せかいを席巻せっけんしたアレクサンダー大王だいおうも木綿もめんの存在そんざいを知しりませんでした。
その時ときの文献ぶんけんには、

「インドには羊ひつじの毛けが生はえる木きがある。」

と書かかれていました。

北きたヨーロッパでは1350年ねんに

「インドにはえだのさきから小ちいさな羊ひつじの子こが出でるすごい木きがある。」

と書かかれた記録きろくもあります。

この お話はなしによって、ドイツ語ごで木綿もめんは

「Baumwolle」といいます。

Baumは木きで、Wolleはウール(羊ひつじの毛け)です。
日本にほんでも「木綿もめん」といいます。
もともと日本にほんでは「綿わた」は絹きぬでした。

つまり「木きの絹きぬ」となるので、ドイツと同おなじ考かんがえだったかもしれません。

日本にほんのきぬおりもの

木綿もめんのれきし

「日本後紀にほんこうき」には799年ねんに今いまの愛知県あいちけんにあった三河国みかわのくにに来た 崑崙人こんろんじん(:インド人じんもしくはベトナム人じん)がきぬのたねを伝つたえたとあります。

きぬを育そだてることは長ながくつづかきませんでした。16世紀せいきの後あとにきぬは日本にほんで多おおく育そだてられました。
日本にほんできぬが作つくられるまで、中国ちゅうごくや朝鮮ちょうせんからきぬを買かっていました。ですからとても高たかかったです。

木綿もめんが人気にんきになる

それまで多おおく育そだてられた苧麻ちょまより、織物おりものをかんたんに作つくることができました。
また木綿もめんのふくはきもちがよいから日本にほんですぐに人気にんきになりました。

それまでは絹きぬの着物きものは貴族きぞくや武士ぶしが着きていました。
一般的いっぱんてきな着物きものは麻あさでできていました。

木綿もめんが日本にほんで人気にんきになったので、
幕府ばくふはぜいたくを禁止きんしする「着物きものに関かんする定さだめ書かき(1628年ねん)」というルールを作つくりました。

百姓ひゃくしょう(一般いっぱんの農民のうみん)は麻あさか木綿もめんの着物きものだけを着きることができました。

そのくらい麻あさが多おおく使つかわれました。

木綿もめんを使つかった製品せいひん

木綿もめんは水みずに強つよいため、下着したぎやタオル、ハンカチなどによく使つかわれます。
タオルの高級こうきゅうブランドとして、

    • 愛媛県えひめけんの「今治いまばりタオル」

    • 大阪府おおさかふの「泉州せんしゅう」タオル

が有名ゆうめいです。
これらの製品せいひんのほとんどは、亜麻あま(リネン)から作つくられています。

着物きものに使つかわれる苧麻ちょまから作つくられる木綿もめん

着物きものにつかわれる綿織物めんおりものでいちばん代表的だいひょうてきなものは、「絣かすり」です。
もともとは糸いとに藍あいをつけて、藍色あいいろと白しろのところを残のこした糸いとのことを意味いみし、「絣糸かすりいと」といいます。

また白しろいところがあるため、「飛白かすり」と書かくこともあります。

この糸いとを使つかって作つくられるため、かすったようなもようができます。
ですから「絣かすり」という名前なまえがついたといわれています。

日本にほんで有名ゆうめいな3つの絣かすり

    • 広島県東部ひろしまけんとうぶの備後絣びんごがすり

    • 愛媛県えひめけんの伊予絣いよがすり

 

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    • 福岡県西部ふくおかけんせいぶの久留米絣くるめがすり

を三大絣さんだいがすりといいます。
全すべて18世紀せいきに作つくられました。

伊予絣いよがすりも久留米絣くるめがすりも、12才さいの女おんなの子こが織おり方かたを考かんがえたといわれています。

伊予絣いよがすりが日本にほんで一番いちばんの時ときもありました。
しかし備後絣びんごがすりとともに生産量せいんさんりょうが少すくなくなりました。

今いまは久留米絣くるめがすりが代表的だいひょうてきです。

伝統的でんとうてきな工芸品こうげいひんである手てでおるくるめかすり

久留米絣くるめがすりは1957年ねんに「国くにの重要無形文化財じゅうようむけいぶんかざい」に指定していされ、
1976年ねんには「伝統工芸品でんとうこうげいひん」になりました。

久留米絣くるめがすりは綿めんの織物おりもので、空気くうきがよく通とおります。
ですから夏なつに着きると涼すずしいです。

冬ふゆに着きると、内側うちがわの熱ねつが逃にげにくく、あたたかいです。

どの季節きせつでも着きれる普段着ふだんぎとして愛用あいようされています。

また、2019年ねんには久留米絣くるめがすりではじめて作つくられた浴衣ゆかたが、
西日本新聞にしにほんしんぶんで紹介しょうかいされました。

日本にほんでは、絹きぬや麻あさの着物きものが2000年ねんくらい前まえからはじまりました。
17世紀頃せいきごろから木綿もめんも使つかわれ、季節きせつやシチュエーションに合あわせて、いろいろな種類しゅるいの着物きものを選えらべるようになりました。


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